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花に溺れだが私はそれから抜け出したくない

I dropped down in the flower but I do not want to get out




「花の宴」といえば、今の中で最も人気があるのは、董小宛(秦淮八絶の美女の1人)の桂花糖に過ぎない、食べることができ、蜜を作り出せる花は、桂花だけではなく、ジャスミン、薔薇、菊、芍薬など、スープや制糖に使え、それかお茶を煎じるなどで楽しんでいた。明朝までに、可食植物は専门の研究分野になり、朱シュクは一代の藩王として、政治活動に対応するのは困難であったが、植物学者になり、初の野生可食植物を研究した著作「救荒本草」を完成させ、及び最大の漢方処方「普済方」を書いた。「救荒本草」では、食べられる植物の414種が細かく書かれていた、その中から一つの項目として、十種類以上の花があり、それぞれと詳しく説明をし、後世に推されていた。


Osmanthus Tea

昔の人々は、「愛する食べ物は食べ尽くすべき」を主旨として、梅を何度かいじっていた、その中で一番有名なのが梅痴楊万里の「蜜漬けの梅」:「甕を澄ませて春の寒さを醸し、梅を蜜につけて露とともに食べる。少し世俗の気が無いが,更に誰かを不参の道へ導いている。」少し白梅の肉を剥いて、雪水に浸り、梅を加えて発酵させたという。屋外に一晩置いてから取り出し、蜜に浸して、完成すると、梅肉は梅の香りを帯びて、お茶と飯に付け合わすいずれにも合う。



漢代枚乗の「七発」で触れた「熊の手、芍薬のジャム。」意味は:しなやかな香りがする煮込んだ熊の手を、香ばしい芍薬ジャムにそなえて召し上がる。ここの芍薬ジャムは、芍薬の花で作ったのである。宋朝羅願の「爾雅翼」にもこの香ばしい芍薬を語っていた。「食毒を作る古人には芍薬のジャムがある」、枚乗の「七発」にも言及した。芍薬のジャムが香ばしいだけでなく、効果的でもある。

宋朝の人は、酒、お茶以外の飲み物をスープとし、さまざまな花と薬物をそなえて一種の飲み物としていた、「萍州可談」に「今世の俗客は来る時にお茶を飲んで、去る時はスープを飲む。スープは薬材の甘く香りのするものを取り、温かいのか冷たいの、甘草を使わないものはない、この習慣はどこにでもある。「武林旧事」もこれについて述べていたのに加えて、元朝の「家に必須な事類全集」にも各種のスープをまとめて詳しく記載していた。

例えば暗香スープ「梅が咲く頃。すがすがしい夜明けに半開した花を取る。蓋の中に置き。一両重(37.5グラム)毎に塩で炒める。かける。手で潰してはいけない。厚紙数枚で重ね、密封して日差しが当たらないところに置く。翌年の春夏に取り出す。茶碗の中、先に蜜を少し入れる。そして、花を二三輪茶碗の中に置く。お湯を入れ。半開の花が咲き、実に可愛らしい」、徐々にいい香りがしてくるので、「暗香」と名付けた。

そしてはジャスミンスープ、「蜜を一両重、甘草1分重(0.372グラム)を使え。生姜汁一滴、研ぎ澄する。お椀の中心にて均等に塗る。毎朝にジャスミンを二、三十輪摘み。薬椀に入れ。花に蓋をし、香りを染み込ませる。昼間になれば使えます」。

または董小宛の最も有名な桂花糖のように、その原型は天香スープだった。「白木犀が満開になる時。夜明けに杖を使え露がついている花を打ち下ろす。布で盛る。茎と萼を拾い。きれいな磁器の中に入れ。益々貯まる。そして、新しい砂鉢を使い、泥状に潰す。「名は山桂スープで別名白木犀スープである」木犀「1斤(500グラム) 塩「4両炒める」粉草「2両炙る」を混ぜ合わす。磁瓶の中に置き密封し。7日間日差しの下に置き。沸騰したお湯で服用する。



全部花だが、作り方は全く違うもので、花の性質の違いによって決まる必要がある。明朝の「二如亭群芳譜」に薔薇クリームの製法を記録した:「初めに咲いたかずいの除いた白い者を採集し、純紫の花びらをマスカラ状に潰し、滑らかに研磨し、苦汁を取り除き、砂糖を加えより細かく均等に研磨する。磁器の中に入れ保存するのが、最も香りが良くて甘い;また、乾燥させ餅としても食べられる;花全体を白梅水へ浸し、苦汁を取り除き、蜜で焼いても食べられる。」

ここまで話すと、もうこれ以上は話さなくていいでしょう、今私達の中では、昔の人々がこれらの花を使い、いろんな方法を通して楽しんでいるのも、あまのじゃくと物質的生活が乏しいのに過ぎない。遠くない前に宮崎駿監督の妥協のように、歴史の進歩はいつも多くの無力感が伴っているでしょう。吉饗(Kikkyo)にとっては、より多くの変化を求め通して、これらの風雅な歴史がもっと残される様に頑張っている。